「利益と幸福どちらが大切?」の議論に終止符を打つ

新紙幣の流通が始まり、僕の手元にも新札が来るようになりました。
1万円札は、NHK大河ドラマにもなった渋沢栄一がデザインされます。渋沢栄一には妾がたくさんいたとかで、結婚式の御祝儀に使えないという新都市伝説が流布しているとか(笑)

さて、渋沢栄一と言えば「論語と算盤」で有名ですね。論語とは倫理や道徳といった「理念」を指し、算盤は、文字通り金銭的な富…「収益」を指します。

このことは、経営者の間でも議論になります。
経営にとって幸福が大切か? 収益が大切か?という議論です。

色んな考え方があります。

「儲かりさえすればいい」
「愉しく幸せなら儲からなくていい」
「儲けも大事だが、幸せも大事」
「幸せのためには利益が必要」

勿論、正解はありませんが、僕は、どれでもない考え方を持っています。

幸福と利益を分けて考えると、「どちらが大事か?」「どちらも大事」「どちらかのためには、他方が大事」という思考になります。

そうではなく、幸福と利益は統合していると考えるのです。
そもそも、商いは顧客の役に立ち、喜ばれるから成り立ちます。どんな巧みなマーケティングや業務効率術があっても、喜ばれない会社に繁栄はありません。

「喜ばれる形」は時代により変わります。戦中戦後、「カロリー焼」という焼き鳥のメニューがありました。その名の通りの商品で、当時は非常に人気だったそうですが、今では敬遠されますよね。

成熟社会の生活者の欲求は非常に高度になりました。
「特に困っていることはないが、なんかスッキリしない」「欲しいものはないが、より充実したい」といった多様で抽象的な欲求や課題を持つようになりました。

こうした欲求に応えるためには、相当な創造性が求められます。
創造性は、行為自体を愉しんでいる時に発動します。

以上から、僕は、「顧客に喜ばれることを純粋に愉しむ」という働き方が、創造性を発動させ、結果的に利益を生むということに考えるに至ったのです。

この考え方は「利益のためには愉しむことが大切」と捉えられがちですが、全く違うのです。
その理由は、利益のために仕事を我慢することはできても、愉しむことはできないからです。

行為自体を純粋に愉しむという意味では、これからのビジネスは、イコール「創作活動」だと考えています。
粘土細工をしている時は、完成は目指しますが、その行為をする過程の中に愉悦が含まれていますよね。
そして、深く愉しんだ時に良い作品ができます。

ビジネスも同じで、「顧客に喜ばれることを純粋に愉しむ」という働き方は立派な創作活動であり、その結果、創造性が発動し、利益が生まれるのです。
それをデザインをするのが「マネジメント」ということです。

「顧客に喜ばれることを純粋に愉しむ」×「X」=「利益」
Xとは、例えば、価値を上手に伝えるコピーライティングだったり、業務効率化といったマネジメントです。
それらは補助的な役割であって、主ではありません。

「論語と算盤」は「論語か算盤」ではなく、高度に統合された関係性なのだと思います。

※「記事が面白かった」という方は、是非「読者登録」をしてください。読者優先セミナーや無料相談など、登録者限定の秘匿情報が届きます。


❚指示ゼロ経営を学びたい方へ

24年間に渡る実践と研究知見を様々な形で公開しています。 これまで、企業や教育機関などで1万人以上が学び実践しています。

指示ゼロ経営を学ぶ、お勧めのステップ

お好みのステップだけお選びいただくこともできます。