チームワークは「人間は不平等である」という諦めに基づく
チームワークは「人間は不平等である」という諦めから始まると考えています。
これは悲観的な考えでも、差別意識でもありません。
私たちの社会は、建前上は平等社会を実現しました。改善の余地はあると言えど、昔に比べたら大きな進歩を遂げました。
それ以前は、どうだったかというと、江戸時代には、身分は出生で決まる身分制度がありました。
こうした固定的な制度があると、身分が高い人が高等教育を受けることも、ある種の職業に就くことも、自分がそうでないことも、「そういう身分だから」と割り切ることができます。
しかし、身分制度が撤廃されると、すべては自己責任になり言い訳ができなくなります。
すると、妬みの感情が生まれ、別の理由を設けて相手をディスりたくなります。
「アイツはアコギな手で商売をしている「他人の手柄を奪っていく」「運が良いだけだ」
このことは2000年も前に、アリストテレスが説いていました。
妬みを抱くのは、自分と同じか、同じだと思える者がいる人々である。「同じ人」と私が言うのは、家系や血縁関係や年配、人柄、世評、財産などの面で同じような人のことである。
自分が相手と同じであると考えると、少しの差異を優劣と感じ、妬みや理不尽な批判が生まれるのです。
人権に関しては平等であるべきということは言うまでもありませんが、能力や個性、才能に関しては、公平ではないと受け入れるしかないと思います。
それを勘違いすると、運動会のかけっこで「みんなで手をつないでゴール」などという発想になります。
神戸大学と中央大学、大阪大学の共同研究「隠れたカリキュラムと社会的選好」によると、運動会のかけっこで「手をつないでゴールする」というような教育を受けると利他性が毀損する可能性が指摘されています。
そもそも、子どもたちは受験競争を生きています。勉強が苦手だが足が速い子にとっては、かけっこは自分がヒーローになれる大舞台で、そこで存在を認められるから自己効力感が高まり、利他の気持ちを持つことができます。
その機会を奪ってはいけませんね。
諦めの語源は「明らかにする」とされています。他者と同質であることを諦めた時に、明らかになるものが観えてくると思います。
それは協働の可能性です。
「自分と他者は、鳥と猿くらい違う存在」と思った方が手を取り合うことができるのではないでしょうか。
「自分は○○は苦手だが、○○には長けている」という認識は、自分の価値を認めるとともに、他者への敬愛心を育み、共創が実現すると考えます。
便利なことに、世の中には、他者との違いを理解するための優れたノウハウが多くあります。
興味がある方は「類人猿分析」「エマジェネティックス」「キャリアアンカー」「多重知能」などのキーワードで検索してみてください。
それぞれが、自分と他者との違いを肯定的に受け止めることができる知見です。
知るだけで、良い意味で「諦め」がつくと思います。
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それでは今日も素敵な1日をお過ごし下さい!
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