人間はポンコツであると諦めれば組織飛躍の準備はできたも同然

リーダーが部下に対し、「こうあるべきだ」を押し付けると同じようにメンバーも仲間に対し押し付けるようになります。
「べき」はいわば我慢の要求です。
人は自分が我慢していると他人も我慢していないと気がすまないもの…べきの押し付けはあっという間に広がり堅苦しい組織が出来上がります。

で、たちが悪いのは「べき」にはその人特有の価値観が反映されることです。

「人は積極的であるべき」
「周りに気を使うべき」
「出しゃばらずにおとなしくしているべき」

自分にとっては疑う余地がないくらいに「これが正しい」という思いがあるからたちが悪いですよね。

でも、実際は色んな人がいて人の集団は成り立っています。
誰かの「べき」に収めることなんてできないのです。

ここにとても興味深いエピソードがあります。
僕が経営してきた会社には、「いつも余計なひとことを言う人」がいました。
空気が読めず、しょっちゅう仲間と衝突するのです。

衝突した仲間の中には僕に愚痴を言う人もいましたが、僕は、その愚痴には「一切」関わりませんでした。

ただひとこと、「誰にだって変なところはあるよ」と言うだけで、基本的にスルーします。

僕のメッセージはこう。

「諦めてくれ」

です。

他人を自分の「べき」に当てはめるのも、自分を他人の「べき」に当てはめるのも諦めて欲しいというメッセージです。

そもそも人にはポンコツな部分があり、それはなかなか治りません。
もし40年かけて出来上がったポンコツは40年以上かけないと治らないと思います。

そして、これはお互い様なのです。

相手に変わることを要求するくらいなら、ポンコツ同士が弱点を補い合った方が遥かに成果が出る、現実的な強い組織を作る実務だと考えるのです。
そして何よりも楽しいしね。

僕の経験から、自分と他人への諦めができると、その組織はとても居心地が良くなります。
居心地が良いと人は自然体でいられ豊かなアイデアが生まれますし、コミュニケーションがしやすく連携プレーが上手くいくようになり組織としての生産性が高まります。

指示ゼロ経営には「相手の行動を変えずに、周りの行動を変える」という基本的な考え方があります。

細かな段取りが苦手な人、対人能力が苦手な人がいたら、別の人がやればいい。

これはとても大きなことです。
誰かの大きなポンコツを誰かがカバーすれば、カバーした人が大きく輝くチャンスになるのですから。

話は変わりますが、諦めるの語源は「明らかにする」ことだと言います。
また「諦」という感じ、「要諦」といった重要な言葉に使われていますよね。

とても大切な概念なのかもしれませんね。

それでは今日も素敵な1日をお過ごしください。

【無料相談窓口「空」にて、何でも相談を受け付けています】

・指示ゼロ経営についての疑問、質問
・自社の組織の診断
・指示ゼロ経営の導入法についての相談
・各種研修の相談について

↓詳しくはこちらからどうぞ。