指示ゼロ経営だからと言って、指示を出しちゃいけない訳じゃない
指示ゼロ経営というネーミングは、今から9年前に僕が付けました。
指示ゼロ経営を始めたのは今から19年前になります。
10年間、試行錯誤を繰り返し、様々な研究知見に触れ、ようやくオリジナルのセオリーが完成しました。
指示ゼロ経営という名前を付けた理由は、正直に言うとキャッチーだからです(笑)
しかし、誤解を生むネーミングでもあります。
その典型は「一切、指示しちゃいけない」というもの。
そんなことはなく、指示を出しても構いません。
今日の記事では、その誤解を解きたいと思います。
指示するかどうかではなく、自分たちで考えているか?が重要
僕は指示ゼロ経営をこのように定義しています。
「集団が最適な状態を『勝手に』つくり出す」
もう少し具体的に言うと…
集団が自分たちで課題を見つけ、素早く知恵を出し合い、役割(担当)を決め、行動できる状態です。
さらに、行動すれば何らかの変化・成果が出ますが、それをキャッチして次の改善に生かしていきます。
集団成長のエンジンが集団内に搭載された状態です。
この状態になると指示・命令は不要になります。
つまり、指示をしないのではなく「指示が無意味な状態を創ること」それが指示ゼロ経営の本質です。
自分たちで自走できるようになったらリーダーの影響力は低下します。
指示ゼロ経営とは、指示命令をしない状態ではなく、集団が自ら思考している状態を指します。
こうなると、指示を出しても構いません。
なぜならば、指示を出しても堂々と反論してくるからです。
「それは上手くいかないと思います」と。
それに対しリーダーが食い下がり、議論が始まることもあります。
その結果、リーダーの案が採用されることもありますが、それは「リーダーの指示に従った」わけじゃなく、自分たちで考えた結果なのだから、これも指示ゼロ経営なのです。
また、リーダーの指示がスルーされることもあります。
別に、部下は意地悪をしているわけではありません。
一生懸命に考えて、やっぱり自分たちのアイデアが良いとなっただけです。
リーダーへの忖度はないし、リーダーに気を遣うことも優先順位が低いので、気付くとスルー…そんなケースなのです。
指示ゼロで考えた結果「指示が必要」となることもある
もう1つ、自分たちで考えた結果、職場によっては指示が必要だという結論に達することもあります。
例えば、作業現場などです。
この場合、指示者というよりは司令塔と表現した方が良いかもしれません。
どういうプロセスでこういう結論が出るかと言うと、とてもシンプルです。
「我がチームに指示は必要か?」なんて議論は不毛だと思います。
純粋に、最高の出来栄えを生むためにどうするか?ということを皆んなで考えた結果、司令塔が必要だった…そんなシンプルな話です。
名付けた僕が言うのもなんですが「指示ゼロ」という言葉に縛られないことが大切です。
リーダーはケチをつけても良い
指示ゼロ経営という言葉に縛られると、リーダーはストレスを抱えます。
人って、何かをする、何かを始めるというのは得意ですが「しない」というのは苦痛です。
酒をやめる、タバコをやめるのは辛い。
辛いと続きません。
そんな時にどうすれば良いか?
「行動の置き換え」が有効だと考えます。
ある行動を別の行動に置き換えるのです。
タバコを吸うという行為をアメを舐めるという行為に置き換えるのです。
僕は、指示をするという行為を「ケチをつける」という行為に変えるのが良いと考えています。
表現が悪いのでまた誤解を生みそうですが(笑)
ケチとは「課題を置く」ということです。
例えば、皆んなで考えたアイデアに対し、リーダーが「これでは不十分だ」と感じたとします。
不十分と感じるのは、どこかマイナス面があったり詰めが甘いからだと思います。
その時に、ボソッとその事実だけを伝えます。
事実は伝えますが、どうすれば良いかは教えません。
部下が自発的に考えてくれた事に感謝し、真剣に、感情的にならず冷静に伝えることが大切だと思います。
また「任せるが、気づいた事、気になった事は素直に伝えるよ」と予め言っておくことも大切だと思います。
指示をしているかどうかではなく、部下の集団が自分たちの意思で、自分たちで思考しているか?
これが指示ゼロ経営かどうかを見分けるモノサシです。
それでは今日も素敵な1日をお過ごしください。