人生の目的地を知るためには目的地を探してはいけない
人生で迷うのは、自分の軸を見失った時、あるいはまだ軸が見つかっていない時です。
道に迷っている状態です。
そういう人を見て、「あいつは何がしたいんだか分からん」と批判する人もいますが、僕は迷う時間は必要だと考えています。
迷うから道がみつかる、そう考えています。
特に、2代目3代目の後継社長は迷う時間が必要だと思います。
先代社長の子どもだったからという理由で継いだ人が多いから、迷うのは当然です。
迷うという現象をよ〜く考えると、意義ある行為だと気付きます。
だって、迷うのは目的地があるからで、それを潜在意識で知っているからです。
「行くべき場所を、実は知っている。でも、そこがどこか分からないから道も分からない」
そんな状態だと考えます。
ゴールを最初に決め、その最短ルートを通るのが合理思考だと思いますが、ゴールが分からないんだからしょうがないよね。
でも、目的地を知るためには目的地を探してはダメだと思います。
迷路とは違う。
探して見つかるものではないと思います。
だから、残された手段は、今に集中して生きることだと考えます。
目の前の仕事で人のお役に立つことをすることだと思う。
喜ばれる悦びの中に、その人が歩く道が立ち現われてくるのだと考えています。
徐々に分かってくるもの。
心血注いでやってきた経験の中から見えてくるものだから、心血注ぐ経験をするしかない。
それでも、その道のゴールがどこかは分からない。
あの世に旅立つときに、「ああ、これをするために生まれ来たんだ」と微かに感じるものだと思います。
未来を見て迷うのではなく、迷いながら今を生きる。
そうすると、歩んできた足跡から、何となく進むべき「道らしきもの」が見えてくるのだと思います。
さて、街中に年末ムードが漂ってきました。
2015年、有終の美に向かいがんばりましょう。
素敵な週末をお過ごしください。