母ちゃんにもらった7本の指で未来を拓く、ある男の挑戦
本来なら、今頃は五輪の余韻に浸っているはずでした。
新型コロナの影響で1年延期になり、残念な思いをしているのは僕だけじゃないと思います。
五輪に限らずスポーツは人を魅了します。
見どころはたくさんあります。
スーパースターの驚くべきプレー、意外な選手の活躍、自国選手の勝利、スリル…
様々ですが、負けた選手からもらう勇気も大きな醍醐味だと思います。
例えば、1984年のロサンゼルス五輪。
メダルをとったわけでもなく、驚異的な記録を出したわけでもない、ある選手が世界中から注目されました。
女子マラソンに出場した、スイスのガブリエラ・アンデルセン選手です。
金メダルを獲得した選手がゴールしてから約20分後。
観客の関心がその後の競技に向いていた、その時…会場がざわつきます。
アンデルセン選手が、ふらつきながらトラックに入ってきました。
明らかに熱中症にかかっているようです。
しかし、彼女は続行する意思を明確に示しました。
ドクターも、まだ汗をかいていることから続行を許可。
右足は動かず、右腕はだらんとしたまま、一歩一歩ゴールに向かいます。
すると…
会場から大声援が上がります。
カメラも彼女を映します。
トラックに入ってから約5分44秒後にゴール。
その姿に世界中が感動しました。
当時、中学生だった僕はニュースでこの場面を見て、アンデルセン選手から立ち上がる命の力に感動した事を覚えています。
これはアスリートに限ったことではなく、命を燃やして生きている人、すべてに言えることだと思います。
僕の親友、松島努さんもそうです。
彼は有名人ではありませんからご存じない方が多いと思います。
僕が心から応援する人です。
彼は、僕が主宰する一般社団法人夢新聞協会の認定講師で、今から6年ほど前に知り合いました。
ニックネームは「スマイリー」です。
最初は「ずいぶんベタなニックネームだな…」と思いましたが、この名には特別な思いが込められているんです。
実は、彼は生まれつき手に障がいを持っています。
3本の指が短いのです。
物心がつく頃には自分の境遇に悲しみ、自己肯定感が低かったそうです。
しかし、それを変えたのがお母様でした。
お母様には聴覚に障がいがあるのですが、何1つ不満を言うことなく、いつも元気に笑顔で人の輪に入っていたそうです。
耳が聞こえない人が輪に入るって、すごく勇気が要ることだと思う。
スマイリーは、そんなお母様の姿に勇気づけられて、「自分がやるべきこと」をやり抜こうと決意して、自らにスマイリーという名を付けたのです。
彼がやるべきこと、それはお母様にもらった7本の指を使い、命を燃やして生きていくこと。
だから、夢新聞の講師になり自分の生き様を子どもたちに伝えています。
そして、7月31日…お母様の命日に「マハロの家」というリラクゼーションサロンを開業しました。
マハロとはハワイの言葉で「ありがとう」という意味です。
スマイリーはお母様が亡くなるまで7年間、自宅で介護をしてきました。
そんなスマイリーだからこそ、お母様からもらった大切な指で多くの人を癒やすことができると思うのです。
命を燃やし懸命に生きる…これ以上のことはないと思うのです。
それでは今日も素敵なお盆をお過ごしください。